大学に行きたかった(2008.03.27)
この時期になると新聞社系の週刊誌をはじめとして、各雑誌は一斉に大学合格関連記事を特集します。どこも同じようなもので、○○大学には医学部には△△高校から合格者××人とか、前年に比べて何人増えたの減ったの。これは、件の雑誌のコアなターゲットは40代50代の男性サラリーマンで、丁度子供が受験期に当たるため当面最大の関心事である大学進学関連記事を特集しておけばあたりはずれがないと踏んでるんでしょう。
しかし、ここ数年その傾向が著しく、住宅地価の値動き(分譲マンションの販売価格)などとならんで、どの週刊誌の見出しを見ても同じように大学合格関連記事のオンパレードです。もともとそんなもんに関心がない上、子供がいない身としてはどうでもいいことなので、この時期の週刊誌は読み応えがありません。
私自身、ン十年前に大学生活を送った経験から、大学(大学院を含む)へは行けるなら絶対行った方がいいと思っています。これは将来の進路を考えた場合、人生の選択肢が広がるという理由もありますが、何よりも大学生活そのものに意義があると考えているからです。それは、自分が大学生だったときは全くわからなかったことですが、自分の人生のゴールも見えるかというころになって、だんだん実感してくるようになりました。
25日に、JR岡山駅のホームから岡山県職員の男性を突き飛ばして線路に落として死亡させた大阪府の18歳の少年は、経済的理由で大学進学を断念させられたことを動機のひとつとして供述しているようです。本人は公立高校で学年で1,2番の成績というから、大学進学の学力的問題はなかったのでしょう。それにしても、「経済的理由」とは、なんとも今日的キーワードだと感じてしまいました。
この少年は、父親から「大学進学はあきらめてくれ」といわれて断念したそうですが、これは親としては不適切な言葉だったと感じずにはいられません。成績優秀で国立大学進学を希望していた息子には、あまりにも酷な宣告だったことでしょう。それとも、奨学金やアルバイトや教育ローンを総動員しても難しいほどに高騰してしまっているのでしょうか、この国の高等教育費は。もしそうなら、私の学生時代とは隔世の感があります。
私自身、学費が少々高いことで有名な私立大学の出身ですが、それこそ「経済的な理由」で親の援助は期待できず、学費は自分で捻出しなければなりませんでした。自宅通学とはいえ、当時は授業料や生活費をすべて稼ぎ出すことは途方もない金銭的負担だと思ったものですが、出身大学が気前よく返済義務のない奨学金を出してくれたのと、文科系だったので目一杯アルバイトできたので、経済的問題は何とかクリアすることができました。
この少年の両親は私よりは少し上の世代ですが、子供の教育に関する考え方に世代的ギャップがそれほどあるとは思えません。むしろ、父親の職業「派遣会社員」というところにこの問題の根底が垣間見えます。
ここのところ、この手のニュースを見たりすると、被害者も加害者も職業で「無職」や「派遣社員」や「契約社員」というのが激増していると感じます。ひと昔前なら、その年代の男性(あるいは女性でも)なら「会社員」や「自営業」というのがほとんどだったのに。
この少年は事件当時「無職」でしたが、大阪梅田のハローワークでプリントアウトした求人票を数枚持っていたようです。決して引きこもったり、働く意欲がない、いわゆるニート予備軍ではなかったのです。彼を犯行に走らせたのは何なのか、この事件の今後の展開を見守っていきたいです。

